【2020年度 報告】地域×生徒×農業 ー 専修学校を核とし相互課題を解決するネットワークの構築 ー

 

「農家による学校農園での指導」と「農家インターンシップ」
2つの実証講座によって、農業を学ぶコンセプトを再構築。
次年度はカリキュラムの刷新と農業法人事業の開始へ。

猪名川甲英高等学校は、日本で唯一の農業実務課程の高等専修学校です。しかし、農業従事者の育成を目的に開校したものではありません。農業という営みの学びが、「都会の教室に合わなかった子供の再チャレンジ」にぴったりと合致するという考えから始まったものでした。
農業は、能力や特性に偏りのある子供たちに、それぞれの得意を活かした成長を促すものになるはずだ。閉じこもった世界から出ることを恐れていた子供たちも、鳥の声が聞こえ土の匂いのする太陽の下ならあたらしい気持ちで前を向けるはずだ。じっさいに、自信がなさそうに入学してくる子供たちが、優しい地域のみなさんと豊かな自然に囲まれた学校でみるみる元気を取り戻すことを目のあたりにすれば、大前学園の猪名川甲英という挑戦が正しかったのだという確信をあらたにすることになります。

自然豊かな阿古谷の農村。街から通学バスに乗って登校し、実習の時間には作業着に着替えて10分歩いて実習農園に向かいます。鳥や虫の声、草や木の匂い。農村では、四季を感じることができます。入学前に農業の経験のあった子供はほとんどいません。みんなにとってまったくあたらしい取り組みだからこそ、誰にも苦手意識はありません。

しかし、いっぽうで、2年間に亘って農家のみなさんと議論する中で、「それだけでいいのか」という問題も浮き彫りになってきました。
それは、子供たちが前を向いて再チャレンジを始めるだけで満足してしまっては、社会に出て逞しく生きていく力を身に着けられない、という問題です。卒業生の3分の1が就職をするこの学校では、学校を出てすぐそこが「社会」。自分の得意を見つけ、その得意を活かして逞しく幸せになっていく方法を見つけるところまで、3年間でたどりつけなければいけないのです。
畑に出れば、それぞれが自分の得意を活かすことを見つけられます。体力のある子供は重いものを運び、集中力のある子供は細かい作業をし、明るい子供は共同作業を楽しいものにします。でも、社会に出れば、得意以外のすべてを回避することはできません。中学校までの学校教育で要求されてきただろう(それで彼らは苦しんできたのだろう)「すべてのことで平均点をとること」ができないにしても、社会に出れば、職責を果たすために、負荷に耐えることも一定は必要です。そのためには、農業実習を「働くこと」ととらえて、精励することを学ばなければいけません。

真夏のビニルハウス内の作業はたいへんな高温になります。育った収穫するというような楽しい仕事ばかりが農業ではありません。収穫した後の設備の撤去や掃除も重要な仕事です。もし自分で農業を選ぶなら、そうした地味なしんどい作業も含めて一所懸命になれなければいけません。それは、どの職業を選んでも同じことです。

じつは、これまでの実習の中での甲英の子供たちの「野菜の扱いの雑さ」が、地域農家さんから問題視されていました。彼らにとっての野菜は、達成を喜ぶべき成果や、感謝すべき食べものや、敬意をもって扱われるべき商品ではないのではないか、と。そして、その原因は、これまでの甲英での農業教育が栽培に偏重していたことにある、と。野菜は「収穫したらそれで終わり」。それを感謝しながら食べることもなく、お客さまに心を込めて売ることもなく。いっぽう、農家にとっての野菜は「商品」であり、お客さまに届けられて食べられるものです。美味しくないといけません。美味しいかどうかは食べてみないとわからないわけですから、キレイでそろっていないといけません。腐っている、傷んでいるものはもちろん、そう思われるすがたというだけで売りものにはなりません。

中野さんの農園で収穫したピーマン。もぎったその場でかじれば、おどろくような味の濃さです。でも、売り場に並べられている状態ではその味の濃さはわかりません。大きさのそろったものを選んで収穫し、丁寧にキレイに袋詰めして、「おいしそう」と思ってもらえる状態にしなければ「売りもの」にはなりません。

こうしたプロフェッショナリズムは、農家のみならず、どの職業に就くにしても必要です。そして、それは教員ではなくプロ、つまり、農家から学ぶべきだという議論になりました。しかも、非日常である「農家での校外実習」ではなく、学校の実習でプロの指導を受けるべきであると。
そこで、2020年度からは学校での農業実習に地域の篤農家に定期的に参加していただくことになりました。

休校期間が開けた実習農園に、中野さんが来てくれました。中野さんは猪名川町でぶどうと野菜を作っている篤農家です。これまでもインターンシップや校外実習などのスポットでの指導をお願いしていましたが、定期的に、しかも学校の実習農園に来ていただくのは初めてのことです。

農園での実習に参加してくれる中野さん。ハイレベルな技術を学んでもらうことがその目的ではありません。野菜に対する態度、畑に対する態度、作業に臨む態度。同じような作業をしているように思えても、そういった態度の節々に垣間見られるプロフェッショナリズムこそ、子供たちにはしっかりと学び取ってもらいたいのです。

これまでの農業教諭とまったく違う指導をしてもらうことや、ハイレベルなスキルを指導してもらうことが目的ではありません。昨年の実証講座の講演でも中野さんは「自分でした選択なら一所懸命になれる。それこそが自由だ」と言いました。仕事の中で「作用の対象(である野菜や自然や食べる人)に対し持つべき一所懸命」を、プロに指摘してもらうことが目的です。
もう一つの重要な目的は、これからの猪名川甲英の農業教育を再構築していく中で、中野さんに甲英の農業教育をじっさいに見てもらったうえで、農業教育のカリキュラム再構築を完成させることでした。

学校の実習なら、がんばっただけでよかったかもしれません。でも、インターンシップでお世話になる農家さんのところではそうはいきません。彼らの作業の対象は、農家さんの収入を支える商品であり、買ってくれたお客さんの食卓にのぼる食品です。その「感覚」を学校の実習でも学べるようにしなければならないのです。

これまでの農業実習は、ほぼ同じような野菜栽培を3年間少しずつ意識を上げながら学ぶ、というものでした。
【1年生】楽しく作業に取り組む/自然に意識をもつ
【2年生】仲間と協力しながら作業に取り組む
【3年生】自分たちでテーマをもって作業に取り組む
というテーマはありましたが、作業じたいはそれほど変わらないので、厭いてくる生徒も多くありました。いっぽうで、これまで述べたような「前を向けるようになったその先」の学びに届いていなかったという反省もありました。
そこで、2021年度からは大幅にカリキュラムを変更することになりました。2,3年生は学年混合にしたうえで、それぞれの意欲や挑戦すべき水準に応じた「コース」に分け、それぞれにテーマをもって取り組むことにします。
【1年生】自然に親しみ農園を楽しむ
~楽しく取り組む/意識を自然に/毎日観察し世話を
校庭にある実習農園より近い圃場を”1年生の農場”にしてまいにち世話をする
【2,3年生】コース別にテーマをもって取り組む
~職責を果たすことを学ぶことも必要/いっぽうで一部の生徒には”負荷”じたいが馴染まない
<A班:プロコース>プロ意識を醸成する
「阿古谷つなぐファーム※」で商品野菜の栽培と収穫/先輩である専従スタッフと中野さんが指導
<B班:ファームコース>役割を見つける
学校の実習農園で農業教員が指導/学年混合のため、3年生は2年生をサポート/「手のかかる子供」が減ることが想定されるので、レベルアップすることが可能
<C班:ガーデンコース>自分の課題に向き合う
実習農園で楽しく学ぶ/収穫などを支援/クラス担任が指導・特性の強い子供などをフォロー

甲英にはさまざまな子供が入学してきます。卒業後の人生もさまざまです。だからこそ、学校で学ぶべきこともさまざまです。社会に出る逞しさ=プロフェッショナリズムを身に着けること、自分の役割を見つけて取り組むこと、自分の課題を克服すること。実習をコースに分けることで、農業という学びをそれぞれにふさわしいものにします。

これにともない、中野さんの指導のもと、新年度の作付計画は「とにかく収量を上げる」ことを念頭に設計しました。これまでは学校のスケジュールや子供たちに負荷をかけすぎないことを意識して作付は控えめにしていました。とにかく「たくさん収穫してそれを販売する/自宅に持ち帰って食べる」ことで、野菜を「成果/食べもの/商品」として意識することを学ぶのが目的です。

これまで2年間のあらゆる農業教育の実証講座を経て発見した課題を解決するために、学校の農業実習を完全に再構築することになりました。次年度からは、あたらしいカリキュラムと隣地での「阿古谷つなぐファーム」の事業が並行して進むことになります。

2年間のインターンシップを経験した彼は、2021年4月から、阿古谷つなぐファームの社員第一号になります。街から通学バスで通学していた彼は、軽トラで阿古谷に通勤するようになります。初年度は、師匠である中野さんに引き続きサポートをしてもらいます。まだ十代の若者が、少子高齢化する阿古谷で就農することになります。

阿古谷つなぐファーム

就農する生徒の受け皿として、甲英と地域住民が共同で株式会社の農業法人を立ち上げることになりました。
学校と地域が設立主体となることで、在校生のマンパワーと地域のハード・ソフト両面の支援を受けることが可能です。また、農業事業を開始するときに非常に重要な、地域からの信用がすでにあることは大きなメリットです。
いっぽうの学校にとっては、就職先になるだけではなく、実習を共同でおこなうことでプロフェッショナリズムを学び、作物を販売することも可能になります。
若い農業従事者は、少子高齢化する地域の活性化に貢献します。将来的には耕作放棄地の活用や高齢農家の作業支援、ひいては地域への定住も考えられます。
現在の実習農園の隣地の耕作放棄地を圃場とすることで猪名川町農業委員会の許可を受け、現在の3年生1名を専従で雇用することで、2021年度から事業を開始します。

在校生からすれば、「実習農園の隣にある農地で先輩がプロとして野菜を作っている」という環境ができます。プロフェッショナリズムを学ぶのに、これ以上ないインターンシップ先ができることになります。自分たちが卒業したら、社会に出たら、どうなるだろう、どうなりたいか。これ以上ないモデルケースになるはずです。

“猪名川グローカル”最終年度
地域との協働によって猪名川甲英のコンセプトと事業を確立し、
課題を抱えた子供たちの再チャレンジのための学校は、
ほんとうの意味で「阿古谷の農村の一員」に

地域x学校x農業の3者が、学校を核として連携することでそれぞれの課題解決を図るという取り組み(=猪名川グローカルプロジェクト)は、いよいよ2020年で事業最終年度を迎えることになりました。
猪名川甲英高等学院は、少子高齢化で休校となった旧猪名川町立阿古谷小学校の施設活用事業として、日本で唯一となる農業実務課程の高等専修学校として2016年4月に開校しました。開校当初より、あたたかい農村地域のみなさまに助けられ、また、甲英も阿古谷の農村の新しい一員となるべく、ともに歩んできました。
そして、開校3年目の2018年に文部科学省の「専修学校による地域産業中核的人材養成事業」の「学びのセーフティネット機能強化に向けたチーム高等専修学校の構築」に事業参画することになりました。

事業の初年度である2018年度は、じゅうぶんな懇談によって、知見の共有とコンセプトの設計をおこないました。開校当初より学校運営に協力してくれていた地域のみなさま、猪名川町役場/教育委員会のみなさま、農業や自立支援などの各種専門的な知見を持った外部のみなさまと懇談することで互いの課題を共有し、学校のコンセプトとのすりあわせや、これからの事業推進の方向性などについて議論しました。
2年目の2019年度は、初年度に企画されたさまざまな実証講座を精力的に試行することで、その生徒にもたらす効果の検証や学校運営上の課題の抽出をおこない、さらには、2021年度以降での学校のルーティンへの組み込みを意識した議論をおこないました。3年のプロジェクトが一過性のものに終わってしまっては、学校にとっても地域にとっても意味のないものになってしまいます。そのため、2年目は実証講座の試行と並行して、あらためて学校法人大前学園/猪名川甲英高等学院の、課題を抱えた子供たちの、猪名川/阿古谷地域の、地域農業のこれからのありかたについてさらに深い議論を重ねました。
そして最終年度。2020年度の学校運営は、年度当初から新型コロナウイルス感染症の影響を強く受けました。長期に渡る休校や年度開始の遅れなどに加え、実施の見込みの立てられない事業や、大きな変更を余儀なくされる事業もありました。そんななかでも、これまで2年間の実験の結果を今後の学校運営に活用/反映/定着させるために、積極的な取り組みをおこないました。

◆  ◆  ◆  ◆

農業教育の分野では、「調理する/食べる」学習ができなくなりました。これまでの議論から、「農と食は不可分」の考えかたに基づき、栽培偏重から、収穫物の調理や販売などの活用を重視したカリキュラムへ転換を図ることを予定していましたが、それらはほぼすべて見直しせざるをえなくなりました。
いっぽうで、地域篤農家に指導者として学校農園の実習に参加していただくことや、作物や農作業のスケジュールを優先した学校カリキュラムの大幅変更は進めることができました。
さらには、前年に実施して大きな成果が確認できた農家インターンシップを拡充して実施するとともに、前年度の総括の中で地域農家から提案された農業法人「阿古谷つなぐファーム」設立の取り組みを進めることにしました。

地域連携の分野での取り組みは、コロナ禍の影響を最も強く受けました。地域行事が軒並み中止になり、とくに今年度入学した生徒たちが、地域のみなさんと協働で作り上げてきた多くの行事を一つも経験することなく1年生を修了してしまったのは、たいへんかわいそうなことだったと思います。
地域行事に「にぎやかし/お客さん」としてではなく「若い担い手/活躍するスタッフ」として参加しようという方向性は2019年に大きな成果を出しましたが、こちらはコロナ禍収束後に引き続いて進めていくことになります。
そんななかで、地域の高齢者の方々から伝承され、2年連続して地域の祭で披露させていただいた獅子舞については、今後学校で承継していくべき芸能として位置づけていくために、学校行事で積極的に披露するようにしました。

自立支援の分野では、むしろコロナ禍を転じてあらたな発見や方向性が付け加えられたともいえます。年度初頭の休校期間中には、これまでの2年間で構築してきたポータルサイトやLINEのネットワークが、子供たちと学校との間のコミュニケーションに、重要な役割を果たしました。LINEグループやGoogle各種サービスを活用して生徒や保護者と個別にコミュニケーションをとったことは、新年度以降も続けていこうと考えています。
2年間の取り組みの成果としておこなった研修の実施と議論の成果を踏まえた教育コンセプトの度重なる徹底により、現場での指導は、「苦手を克服させようとする教育」から「苦手があっても幸せになる方法を学ぶ教育」へと大きな転換が図られました。
また、自分の志向に合わせた内発的動機による学びのために学年混合の選択授業を設置しました。講師には地域の方にも参加していただき、職員室の教員だけではない「先生」による授業は猪名川甲英の学びをさらにカラフルなものにしました。
さらに、「発達障害に起因する二次障害をこそ防ぐ手立てが必要」という議論を踏まえて開発が始まった生徒によるルーティン記録システム「マイニチチェック」の開発/ローンチが本格化しました。

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猪名川グローカルをスタートさせた時点では、猪名川甲英は生まれてまだ3年めを迎えたばかりの学校でした。設立当時の学校法人大前学園には、阿古谷の農村どころか、猪名川地域とのつながりはまったくありませんでしたし、学校に農業に関する知見をもつスタッフもまったくいませんでした。猪名川グローカルを開始した開校3年めといえば、まさに、地域との関係を構築し、農業に関する知見を集め、さまざまなコンテンツやプロジェクトをどんどん取り込んでいっている段階でした。学校のコンセプトも確立できたとは言えない段階でした。
猪名川グローカルの取り組みを通じて、あらためて各分野の方々と丁寧な議論をしたことで、「突貫工事で建て増しされていたさまざまなもの」の整理をすることができました。あたらしいチャレンジとして始めたプロジェクトが、ほんとうに子供に役に立つものなのか、地域や学校のコンセプトと親和性があるか、主にその二つの観点から丁寧に点検しました。積極的なチャレンジは創造には欠かせないものですが、やもすれば拡散してしまい、子供に消化不良をおこさせたり、学校現場に過度な負担となったりしてしまいがちです。3年の議論と試行実験によって、学校の取り組む事業は筋肉質に変わり、ほんとうに子供に必要な学びが残されたと考えています。
そしてなにより、その丁寧な議論の最大の成果は、猪名川甲英高等学院の根幹となるべき学びのコンセプトを浮彫にできたことでした。大前学園にとって、なぜ農業なのか、なぜ阿古谷の農村なのか。そして、これまで学校になじめなかった子供たちにとっては、なぜあらためて学校なのか。猪名川甲英高等学院の学校としてのコンセプト、ひいては社会的存在意義が再定義されました。
「課題を抱えた子供が、農村で農業を通じて人生に再チャレンジし、自分たちの強みや関心を発見し、課題を抱えたままでも幸せになっていく自分なりの方法を発見すること。」それを実現する学校が、自然豊かな阿古谷の農村の一員としてほんとうのスタートを切れたプロジェクトでした。

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