【地域連携】地区伝統の「三矢の儀式」復活に参加(1/5,6)

学校のある阿古谷地域のいちばん奥に位置する民田地区。その地区にある民田八幡神社には、江戸時代初期から400年以上に亘り執り行われている「三矢の儀式」という新年儀式があります。これは、地区の氏子の長男の元服を祝うとともに無病息災五穀豊穣を願う魔除の的儀式で、この儀式を経た長男は村入りが求められるという町指定の無形民俗文化財です。この儀式には、元服(15歳)を迎える初頭(ういとう)と去年元服した相頭(あいとう)がそれぞれの親とともに参加します。子が直垂烏帽子で正装した親に三本の矢を捧げ、親は子の成長と将来の繁栄を祈って矢を射ます。
しかし、大正時代に40軒ほどあった民田八幡の氏子も15軒に減少してしまいました。子供も減って元服の該当者がいない年が増え、しかたなく大人が初頭・相頭の代役を務めて儀式だけは伝承されてきました。
しかし、平成29年の台風によって御神木が倒壊して社が大きく損傷してしまいました。しかもなんとさらに翌30年の台風でさらに被災して復旧の範囲は大幅に拡大してしまいました。2年連続の台風被害によって400年続いてきた儀式は2年に亘って中止になってしまいました。

倒木の撤去と本殿・拝殿の修復に何百万円もの経費がかかります。そこで、民田の氏子とまちづくり協議会に加え、猪名川甲英高等学院も復活のための活動の支援に乗り出しました。多くの寄付を受けて社殿の修復が完了し、いよいよ令和2年、3年ぶりに儀式が復活する運びとなりました。
今年の儀式には初めて甲英の生徒たちも参加することになります。準備のお手伝いはもちろん、しばらく地区の大人が代役を務めてきた初頭・相頭の子役に地域活動部の生徒2名が参加、さらには絵の得意な生徒2名が看板作成に参加することになりました。

1月5日、祭りの前日には、神社と隣接する民田の自治会館に地域の人たちが集まり、準備をします。すでに神社の際の道路沿いには、生徒の描いたイラストがあしらわれた看板も立っています。準備では、祭事に使う「千本矢」「的」「御幣」などに加え、参加者に振る舞われる「こべら餅」の用意があります。これは薄く円形に延ばしたお供え餅で、厄除けや皮膚病に特効とされており、以前はこのご利益をいただきに遠方から参拝も多くあったというものです。
生徒たちも地域の人たちに混じってこべら餅作りに精を出します。また、祭りの本番で子役の大役を担う生徒2名は社殿で神職さんから儀式の作法を教えてもらいます。しかし、”三三九度”や”二礼二拍手一礼”すら馴染みのない生徒たちには初めてのことだらけで複雑な儀式の手順は素人が覚えきれるようなものではありません。しかし、神職さんに「本番でもそのつど指示は出してあげるから心配しなくていいよ」と言われました。

さて、いよいよ1月6日の儀式当日には、3年ぶりの儀式復活を楽しみに200人の見学者が詰めかけました。初頭・相頭の親の役を務める氏子は直垂烏帽子の凛々しい装束を身に纏い、子役の2人も緊張した面持ちです。

まずは社殿でお祓いや初頭・相頭の引き継ぎの儀式が行われ、次いで浄められた千本矢を境内に供えてまわります。そしていよいよ儀式のハイライトである三矢の儀式です。
初頭・相頭はそれぞれの親役に三本の矢を渡します。それぞれ二本の矢は的に射られ、一本はその年の恵方に向けて高く射られます。最後にはで元服した初頭が矢の射られた的を家に持ち帰って屋根の上に掲げて一年間祀られます。

3年ぶりの儀式復活ということで地域の人たちはとても嬉しそうで大盛りあがりでした。さらには多くの取材も集まり、生徒たちは取材を受けることになりました。マイクやカメラを突きつけられて彼らの期待しているコメントをさせられるというのは大変なストレスですが、最後までしんぼうしてやりきりました。
獅子舞に続いて、阿古谷地域のだいじな神事の復活に関わることができたのは、学校としてもたいへん誇らしいことですし、そのなかで大きな役割を任せていただけたのは生徒にとっても貴重な経験になりました。
これからも学校をあげて、猪名川町阿古谷の活動に、地域の一員として参加していきたいと考えています。

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