文部科学省委託事業|地域×生徒×農業 — 専修学校を核とし相互課題を解決するネットワークの構築

【自立支援】こころの授業(9/26)

教員は、誠心誠意子供に向き合っています。彼らの悩みを理解し、解決しようとしています。しかし、子供の側からすれば、どこまでいっても教員は「先生」です。教員の側がどれほど努力しようとも、子供のほうは同じ目線で「先生」に接することは困難です。永く日本の教育はこの厳然たる事実から目を背けてきましたが、昨今は「先生ではない生徒の相談相手」として、スクールカウンセラーを学校に配置するのが一般的になってきています。

猪名川グローカルプロジェクト・自立支援分科会のメンバーでもある出口のりこさんは、カウンセリングのプロフェッショナルです。外資系企業での人事部長としての勤務を通じてカウンセリングと出会いました。そののち、 臨床心理学・発達心理学・アダルトチルドレンについて学び、独立してカウンセリングルームを開業されました。さらには、カウンセリングとベビーマッサージの知識と経験に基づいて、それらを融合させた独自の技法を考案し、「タッチカウンセリング」と命名して「日本タッチカウンセリング協会」を設立されています。昨年の自立支援分科会での議論を経て、今年から猪名川甲英でスクールカウンセラーをしていただいているほか、各学年月一回ほどの「こころの授業」を担当してもらっています。

今日の「こころの授業」は、3年生にとって2回めです。

~前回はだいぶ前だったから憶えていないかな?私もみんなのことをよく知りたいから自己紹介してもらったりしたね。私は先生ではなくて対等の人間。私から教えることもあるかもだけど、教わることもたくさんあるよ。
~私の授業は、自分がいちばんよく知っているはずの「自分のこと」の授業です。解っているようで解っていないのが「自分のこと」。解らないままにしていると不都合も生まれがちだから、「自分のこと」を自分でよく知っていく授業です。正解とかはなくて、心を柔らかくする授業です。

最初はざわついていた生徒たちも、気がつけばみんな引き込まれるように出口さんの話を聴いています。

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~こころの授業を受けるコツ=お約束、覚えているかな?
1,考えずに感じる
2,感じたことをペロンと話す
3,友達の言うことを思いやりをもって理解する
4,守秘義務/ここで話したことはここどまり

言っていいんかなぁ、違うって言われないかなぁとか思わずに話してください。正解なんてなくて、みんなが考えることは18とおり(クラスの生徒の数)あるんだから自分と違ってあたりまえ。もし違っていても「Iメッセージ(アイ・メッセージ)」で話しましょう。「アナタは間違っている」ではなく「ワタシはこう思う」って言おう。

それじゃ、配る紙に「好きなモノやコト」「キライなモノやコト」「4つのお約束について思ったこと」を書いてみてください。私しか見ません。発表させたりもしないし、他の先生に見せることもありません。だから安心して書いて。

書いてみてどう思った?私は「キライなコト」とかを書くと発散できるのよ。

「ぼくはキライなことを書くと思い出すから嫌だった」

いいね!「ぼくは」って言ってくれた。「Iメッセージ」だね。

~さて、世の中や学校で疑問に思っていることって何かないかな?こんどはそれについて話をしよう。
『学校では服や髪の色のルールがなぜあるのか?』

「学校が髪の毛の色や服とかをなんで決めるのかわかりません!」
「制服は学生だというアカシだからとちゃう?髪色はわからん」
「さきざきの就職とかの面接で見た目で判断されるからやろ」
「だいたいその考え方が古いねん、金髪やから不良なんてただの偏見や」
「髪色云々の意味のないルールはきっとなくなっていくだろう、ジダイのカトキだよ」
「なぜ大学生はOKで高校生はだめなんや?義務教育でもないのに」
「高校生はオトナじゃないから自分で判断できないと思われているんだろう」
「都合のいいようにコドモだとかオトナだとか!」
「ケジメだよ…ファッションでやってるだけなら学校に持ち込まなくていい」
「そもそもルール違反なのに放置されているやつがいて何故かと先生に訊いたら”注意して不登校になったら困るから放任してる”って言われた…なんやそれ!」
「イチネンでスカート折って短くして履いているやつおったで」
「ははは、それやったらオレもズボン短くして履こうかな(笑)」

さて、盛り上がってきた「哲学対話」も、もうそろそろお時間。最後に出口さんはみんなにおっしゃいました。

~正解なんかないのよ。答えを出すことじゃなくて、考えることが大事なの。

彼らの「哲学対話」が終わったあと、彼らの意見について出口さんに訊いてみました。
素朴さや素直さがとても印象的だったと彼女は言いました。「何を言えばオトナが喜ぶか」を考えない意見だ、と。

最近の進学校での「哲学対話」では、たとえば障害者に関する命題について議論をしていると、
「果たして何を障害者というのだろうか」「むしろ私達は障害者ではないのだろうか」
などという意見が出て、さらには先生がそれを「すばらしい意見」と評価したりするような場面も見受けられます。
そんな生徒たちは「オトナの喜ぶ考え」をどこからかもってきて、知らず識らずに無理をして”自分の考え”にしてしまい、気がつけば自分でものを考えることができなくなっているのでしょう。

子供の「オトナはこういうのが好きなんだろ?」という行動を、大人が無思慮に受け容れることは、子供たちをどんどん窮屈にしてしまいます。子供たちが自分らしくいれること=自分らしくいていいんだと思わせてあげることこそが、子供たちに接するすべてのオトナが肝に銘じるべきことだと、素直な子供たちから教えられたような気がしました。